ワタシは「性悪説*1-*2-*3」つう言葉が嫌いです。「性悪説」は「役不足」とか「須らく」とかと並んで意味の取り違いが多いとされてゐる言葉で、「そんな大任、わたしには役不足です」とか云われると、「ウワーこいつ意味取り違えてるよープププー。それに気づいた俺TSueeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」感に苛まれるので、嫌いです。それに加えて、「性悪説」はワタシの中で脳内変換が旨く行われず。「役不足」は意味が真逆と覚えればいいし、「須らく」は「全ての」と音が似てるせいかなんとなく云いたいことは判る。が、「性悪説」は意味が全然違うし、意味を文字面で覚えたので、ほんわかと意味が知れたりもしない。「性悪説ってどう云う意味に置き換えるんだっけ…?」と悩みこんでしまう。で、32F後に「こいつプププー」とか湧き上がるので、嫌いです。

*1:孔子だか老子だか孟子だかの先生(区別つかず←ひでえ)が仰った話。幼児が残虐に虫を殺したりする姿とかから、“全ての人間は、生まれながらは悪の性質を持っている生き物だが、教育や社会習慣によって善なる性質を獲得してゆくものだ”とか云ったとか

*2:調べたら、仰ったのは荀子と云う先生だったらしい。それも、「悪」も現代で云われる「悪」とはちょっと違うようだ。

*3:「プププー」感は、積もり貯めて置くと、後で自分の取り違いに気づいた時に全部自分に降りかかってくるから嫌なんだよ。今みたいになー。